白く淡い光を放つ、セレニアの花が風に揺れる
その光景は、ルークとここ―タタル渓谷に飛ばされた時と、ルークが還ってきた時と同じ
しかし、今日はどことなく影を落としているように感じた
その、満開とも言えるほどに渓谷一面に広がるセレニアの花のちょうど中心に佇む、ルークと共に

「ルーク」

ティアは、そのルークの背に名前を投げかける
その声で、ようやくティアがやって来たことに気付き、ルークは振り返り
するとその拍子に、風が勢い良く渓谷を吹き抜け、二人の髪も服も大きく靡いて

「…来てくれないかと思った」

心底安堵したように、ルークは呟いた

「ごめんなさい。仕事をしてたら寝るのが遅くなってしまったから」
「そっか。でも、間に合って良かった」
「…どういう意味…」
「………」

ルークの言葉に、ティアはわからないという表情
何を言いたいのか、皆目見当もつかなかった
ルークは優しい笑みを浮かべたまま、ゆっくりとティアに近づいて

「ぇ……ルーク…?」

突然、ルークがティアを抱き締めた
ティアは何が起きたのか一瞬わからず固まり、すぐに理解しルークに言葉をかけた
ルークの顔は見えない
しかし、まわされた腕から伝わる温もりは、切なさを掻き立てるもので

「…ルーク…」

ティアもルークの背に手をまわし、その胸に顔をうずめた
このまま時が止まってしまえば、傷付かないで、傷付けないで、いられるだろうか。と、有り得ないことを考える
しかしそれは、叶わぬ願いだけれど

「…ルーク、話して。あなたが、決意したことを」

ティアが口を開いた
まるで、これからルークが話そうとしていることをわかっているかのように
その言葉を聞いたルークはゆっくりと離れ、ティアを見る
その瞳は、哀しげに、苦しげに揺れていた

「…気付いて、たんだな。俺が消えようとしていること」

ポツリと、呟く
ティアはその言葉に苦笑混じりに頷いて

「わかるわよ。ずっと、ずっと見ているって、言ったでしょう?」

ティアは半分問うように言った
その言葉に、今度はルークの方が苦笑しながら頷いて

「最初は、あなたが消えてしまうんじゃないかって思っても、考えないようにしてた」

せっかく戻って来たのに、また、今度は確実に…自分の生涯を終えるその瞬間が来ようとも、会えない、なんて考えたくなかった
けれど、

「でも、あなたが私に此処に来てくれって言った時に、あなたの決意を感じたの。考えて見れば、あなたが消えてしまうことを私達が哀しむのは当然かも知れないけど、一番苦しいのはそれを決意した本人なのよね」
「…ティア…」

苦しいのも、哀しいのも、同じ
ルークのことを知っている全ての人は、その選択を哀しむだろう
ルーク自身は、その選択をすることで残していく人々を案じ苦しんだはずだ
だがらこそ、これ以上ルークに負担をかけたくない

「だから、私も決めたの。あなたが決意したことを受け入れようって」
「…ごめんな、ティア…」
「謝らないで。謝るくらいなら、その選択をしないで欲しかった…」
「……ティア…(ごめん、ごめんな…)」

少し涙ぐみながら、ティアは言う
ルーク自身が決めたことを、今更誰がどうしたら止められると言うのか
たとえティアが「行かないで」と「消えないで」と懇願したところで、もうルークは留まることは出来ないのだ
ティアは涙ぐむ表情を見られまいと顔を伏せ、ルークはそんなティアを抱き締めた
こうなってから思うのは、自分があの時はっきりと思いを伝えていたなら、現在(いま)はどうなっていたのだろう、という意味のない仮定だけだった






「…もう、時間だ…」

しばらくティアを抱き締めていたが、ルークはその腕の力を緩めた
見ると、空が白み始め、朝が近いことを誇示している
ルークの話によると、次の日の朝陽が昇るとアッシュと入れ代わるという
もうこれきり
会えなくなる、触れられなくなる、そう思うと自然とルークの服を掴む力は強くなって
ルークはそんなティアに苦笑しながら、もうほんの少しでいい、太陽よ昇るな、と思う
たった一言、想いを伝えられる間だけ

「…ティア、」

顔を伏せたまま、ルークの服を掴んで放さないティアを、少しだけ力を入れて離し、耳元に囁く

「っ、ルー……」

その言葉に、ティアが驚いて顔を上げる
しかし、次に発しようとした言葉を言うことは出来ず
ルークはティアから離れ、渓谷の奥、セレニアの花がよりいっそう咲き誇る中心まで下がって

「…さよならだ」

そう、呟く

ルークが目を閉じると、セレニアの花が風に揺れて
淡く、白く光る花びらが舞い上がった
ルークの朱い長髪も、風に揺れる
昇りかけた朝の光をセレニアの花と、ルークの朱い髪は、反射していた
それはなんとも幻想的で、美しく思う
しかし、そんな光景も今のティアには儚く思うしか出来ず

「…ティア!」

ティアが目を逸らしかけた瞬間、ルークが叫んだ
ティアはその声に反射的にルークを見て

「………―」

ルークが、何かを喋った
しかし、急に吹いた風にその言葉はかき消され、聴こえず
それでも、ティアは唇の動きで言ったことを理解したようで
見開いた瞳から、涙が流れた

「…バカ…」

ティアが、小さく呟く
その言葉が聞こえたのか、ルークは苦笑した
と同時に朝陽がルークの後方―エルドラントの見渡せる地平線から姿を見せ
ティアは、朝陽の眩しさに目を細めた
それから少し、朝陽が完全に姿を現すまでの間、二人とも動かなかった
























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