夜の渓谷に歌声が響いていた
儚くも、美しい旋律は、何もかもを癒してくれていた
そして、それを見守るかのように真ん丸の月が顔を覘かせている

「…行かなくても良いのですか、ティア」

歌を遮るかのように、歌う者へと問いかけた
一旦、歌うのを止めて、その人は声をかけた本人のほうへ顔を向ける

「…本人のいない成人式なんて、意味がないもの。
それに、確認もしてないのに死んだなんて決めつけて、葬儀までするんだもの…行く気になんてなれないわ」

すぐに顔を空に戻して、言う
確かにその通りなのだ
彼女だけでなく、ここに居るみんな―かどうかはわからないけれど―は思っているだろうから

「…ルークは帰ってくるわ。約束、したもの」

それも、叶うかどうかは分からないけれど
信じないほうが、おかしくなってしまいそうだった
毎日、見ることの叶わないあの赤い髪を捜しては居ないことに落胆した
何日も眠れないときもあったくらいに

「…だから、私は歌うの。ルークの道標に、ね」

届かないんじゃない、届けるの
あなたがまた、迷わないように





歌声が、聴こえた気がした
始めは気のせいだろうと
けれど、自分が歩みを進める度に明確なものとなって

「…ティア、が歌ってるのか…?」

その声は確かに聴き覚えのある声
何度も聴いた、彼女の声だった

「…呼んで、くれてるのか」

かすれて、途切れながらも聴こえるその歌声は何か、呼ばれているような気がする
自然と、足が速くなるのがわかった
早くみんなの顔が見たい、気持ちが逸る

「…タタル渓谷…考えることは、同じってことか」

思わず、苦笑してしまった

「…そろそろ冷えてきました。戻りましょう」

ジェイドが言うと、それに呼応するようにティアの後ろにいたみんなが頷いた
ティアのみ、まだ歌い続けている

「…この頃の夜は冷え込みますわ、ティア」
「そうだよ、ティア。風邪なんかひいたら、それこそ毎日ここに来てる意味がなくなってしまう」

ナタリアとガイが調子を合わせて言った
ティアは聞き届けたらしく、歌うのを止め、名残惜しそうにエルドラント、かつてホド、自分の故郷を見つめた
そして、ゆっくりと踵を返し、立ち止まる
目の前には仲間が次々に帰って行くのが見えた

「…ティア?」

いつまで経っても動きが見えないティアに、不思議に思って振り返った
…―瞬間、彼女は目を見張り、幻覚かと目を擦りさえした
そこにいたのは、紛れもなく…―

「…ルーク、なの…?」

恐る恐る尋ねてみると、その人はゆっくりと、だが確実に頷いた
月を背にどことなく哀しげに笑う姿は、あの日―決戦を目前にした、アルビオールの上での会話の中で、同じように笑った彼の顔が被っていた

「…どうして、ここに…?」
「…ここならホドが見渡せる。それに、」

ルークはそこで言葉を切り、一歩ティアに近付いた






「…帰ってくるって、約束しただろ?」






「……っ」

どことなく哀しげに、けれど、嬉しそうに笑う
嬉しさからか、それとも他の何らかの理由からなのか、涙が溢れた
その涙を隠すようにティアはルークに抱きつく

「…ただいま、ティア」

ルークはまたゆっくりとティアを抱き締め返し、久し振りに触れる香りに酔いしれた
背にした月が、なんとも言えず、綺麗で、とても素敵だった









「…―おかえり、なさい…ルーク…」








涙は、歓喜の涙となる






END


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