「あら、ルーク。何書いてるの?」
「あ、ティア…」

後ろから覘きこむティアに、ルークは見えるように少し角度を変える
お世辞にも上手いとは言えない字で書かれたそれに、ティアは目を丸くした

「…また、書き始めたのね、日記」

横で笑って見せると、ルークは苦笑して

「…アッシュの記憶も、書き留めておこうと思ってさ」

また机に向き直って、筆を手にとった
すらすらと、よく思い浮かぶものだ、と思う
しかし、その記憶は自分達のものではない

「…アッシュの記憶、全て書けるの?」
「…全てはムリだけど、断片的なら。あとは俺たちと交差してる記憶くらいは」

書きながら、応答する
少し遅くなる応答に、ティアは筆を進めるその手を見つめた
書き出しは、アッシュ―オリジナルのルーク―が浚われたあたりだった
つまり、レプリカのルークが造られた時の記憶

「…無理しないでね、ルーク」
「…分かってるよ、ティア」
















『…ここ…』

そこは、何もない世界で
ただあるのは浮遊感
そして、自分の姿だけだった


『…そっか…俺は確かローレライを解放した後…』


意識を手放した
そして、そのままここに来たのだろう

『…お前まで来たのか』

ふと声がして、振り向く
そこには自分のよく知る人物がいて

『アッシュ…!』

驚きのあまり、それしか言えずに
まるで、夢を見ているのかと思う程だった
その人は、そこにいるはずのない人物だったから

『何ここに来てやがる』

口調は相変わらずだが、どことなく変わって見えるのは気のせいかと思いつつ
しかし、何と話しかけたらいいかと口篭る




『早く戻りやがれ。お前なら、まだ間に合う』




と、言われたところでハッとして


『何言ってるんだよ! アッシュも一緒に…』
『…戻れるのは一人だ。それに元々、俺はもう…』

言い終える前に遮る形でアッシュは首を横に振った
らしくもなく、少し弱々しく思えた






『だったら尚更アッシュが戻れって! 母上やナタリアが必要としてるのはお前だろ!!』






自分の事など、どうでもいいと言わんばかりに声を張り上げた

『なら、ティアとか言う女はどうする気だ?』
『そ、それは…』

言葉が胸に刺さるのを感じ、口篭ってしまう
気掛かりなのは確かだ
しかし、どうしていいものかも分からないのだ







『…俺とお前とローレライは同化した。お前が生きていれば俺は消えない。それに残されたレプリカのために先立てるのは、お前しかいないだろうが』






呆れたようにアッシュが言う
最もな話だ、自分がやらなくてはならないことはたくさんあるのだろう
しかし、それはアッシュ自身も同じだった

『……でもアッシュ…』
『勘違いするな。お前がやり始めたものをやらされるのはゴメンだ。…早く、戻れ』

憎まれ口ではあるが、任せてくれたのだと言うことだった

『でも、』

それでもやっぱり納得も出来ない
確かに心配な事はたくさんあるし、心残りがないと言えば嘘になる
けれど、それはアッシュにも言える事でもあった

『…―でも、もくそもねぇんだよ、この屑が!!』

声を荒げ、アッシュは叫んだ
しかし、ルークもこれにはカチンときて

『怒鳴ることないだろ! 俺はお前の大切なものを奪ってきたんだ、それを返そうとして何が悪いんだよ!!』

こちらも大声を張り上げてルークは言った


『返す? レプリカ風情が馬鹿なこと言うんじゃねぇ!! 俺がいつ返せと言った? 俺がいつお前にそう望んだ? 勝手に決めつけんな、屑が!!』


アッシュはもっと声を荒げた

『だっていつも俺に苛ついてたじゃないか、俺がお前の居場所を奪ったから』
ルークが目を伏せる
事実とは言え、自分がしようと思ってやったわけでもないこと
まして、自分はそんなことなど知らずに七年も過ごしていたのだ
今更、と言う感じもある







『だからお前は何も分かっちゃいねぇって言うんだ。勝手に決めつけやがって。苛ついていたのは居場所を奪われたからでも、大切なものを奪われたからでもない』







『………?』

何が言いたいのか分からず、首を傾げた
呆れたように、アッシュは口を開く




『お前が俺に劣ってるだの、劣化してるだのぬかしてたからだ』




前にも言っていた気がする
確か、旅の途中で
そのときはここまではっきりと、ではなかったが

『…でも、それは事実だろ!』
『事実でも自分を下に見る態度が気に入らねぇんだ。俺のレプリカならもっと堂々と出来なかったのか?』

どうやら、相手の方が一枚上手らしい
口篭るような、息の詰まる会話
けれど

『アッシュ、俺は』

やっと口を開いて、言葉を探す
それを待つように、アッシュは何も言わない




『…俺は、奪ってしまった七年を返したいんだ。たとえそれが皆を、ティアを悲しませることでも』




正直、辛い
しかし、アッシュから奪った七年を考えるとこれくらいはしなければ償えない気がしていた
だから、あえてその道を選んで

『…もういい。時間がない。戻れ』
『お前聞いてなかっ、うわっ?!』

話など最初から聞くつもりはなかったようで
半場追い出すように自分の姿が消されていく

『…アッシュ、アッシュ!!』









『―…ナタリアに、これからは自分の――…』









自分に背を向け、アッシュはもう振り向きもしない
最後に、アッシュは何か自分に言った

『! アッシュ、アッシュ――…!!』

アッシュの心意を感じて、名前を呼ぶも、次にはルークは意識を手放していた











「そうだ、思い出した」

何か、忘れていた
それを思い出して立ち上がる

「…どうかした?」

その仕草を不思議そうに見つめるティア

「ナタリアに言わなきゃならないことがあったんだ」

くるりと扉の方へ体を向け、歩き出す
それを追うようにティアがついてきて

「…私が聞いてもいい話?」

横に並んで、ティアが尋ねる
ルークは、その質問に眉をしかめた

「…どっちかと言うと、聞かない方がいいと思う。ナタリアへの伝言だから」
「…そう。じゃあ私は部屋にいるわね」
「ありがとう、ティア」











「なんです? 重要な話、と言うのは」

首を傾げて問う
何を言おうとしているのか、まったく検討がつかない

「…実は俺、ローレライを解放した時にアッシュに会ってたんだ。もちろん意識だけだったけど」

切り出された話は、自分の予想とはかけ離れていたけれど
彼女を驚かせるには十分だった

「! アッシュに…?」

尋ねるように首を傾げて、ルークを見る
ルークは、ゆっくりと頷いた

「あぁ。その時に伝言を頼まれてたんだ。今まで意識がボヤけてて思い出せなかったんだけど、やっと思い出したから」
「…アッシュが、わたくしに?」

この後に及んで何を言うと言うのだろう
自分が、言いたいことだけ託して消えてしまうのは相変わらずだと思ってしまう
しかし、考えれば考えるほどもういないということを思い知らされた感じだった













「…『これからは、自分のために生きてくれ』、って」













「…アッシュ…!!」

勝手すぎる
本当に勝手すぎる
そんな言葉など、もう意味がない
余計に、哀しみが増した気がした




「あと、『ありがとう』と『傍で見守っている』って」




極めつけに、そんな言葉を残していくなんて
ナタリアは涙が頬を伝うのを止められなくて
手で顔を隠しながらおえつを押し殺して
必死に涙を堪えていた

「…アッシュは最期の最後までナタリアを気づかってたよ」
「そう、でしたの。アッシュは…最後まで…―」

まだ涙が止まらないながら、ナタリアは声を震わせつつ言う

「アッシュの代わりに、俺が…残ればよかった、かな」

目を伏せる仕草を見せるルーク

「そんな滅多なこと、言ってはなりませんわ、ルーク。ティアが哀しみます」

目を伏せるルークに、ナタリアは言う

「…でも、」

ルークはまだ目を伏せぎみで言いかける




「でも、もありません。わたくしは平気ですわ。アッシュは、傍に居ると言ったのでしょう? それだけでも十分ですわ」




それを遮るようにナタリアは言う
しかし、その顔はやはり少し悲しげだった

「ナタリア…」
「悲しくないと言えば嘘になります。でも、それ以上に嬉しいのです。アッシュの言葉も、彼方の気持ちも」

優しい笑顔を浮かべながら、ルークを見つめる
その顔には、穏やかさが戻っていた

「…ですから、これからはアッシュの分まで生きてください、ルーク」

笑いかけ、ナタリアは言った

「…分かった。ありがとう、ナタリア」
「えぇ、ティアとお幸せに」
「あぁ」







言葉にしない思いを、胸に秘めながら








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