81:形なきモノ
82:零、と言う名の物語
83:思い出
84:痛み
85:キズアト
86:虚空
87:絶望
88:手を伸ばした先
ふわり、と闇ばかりが広がる視界に、ひとつの光が映る。
朧気に、霞んだ視界でその光を捉えたクリードは少し表情を緩めた。 それは先にグースの泉で捕らえたフルエーレと呼ばれるスピリアに反応し光る精霊だった。 そういえば、これを渡したくて持ってきていたのだったな、とクリードは思う。そして、渡したかった本人を見上げた。 当の本人―フローラは膝の上にクリードを横たえさせたまま、その光―フルエーレがなぜここに在るのか不思議そうに見つめていた。
「フローラ」
もう、ほとんど喋る力の残っていない中、クリードは口を開く。 フローラの、フルエーレを追っていた瞳がクリードへ向けられる。エメラルドグリーンの、とても澄んだ眼差し。その瞳には優しさと、愛しさが垣間見えていた。 クリードはフルエーレを一瞥し、それを渡したくてつれて来たことを伝えた。 フローラは一瞬驚いた表情を見せた後、満面の笑みでその表情を満たした。 フローラの唇が「ありがとう」の言葉を紡ぐ。しかし、それが声となって発せられることはなかった。
もう、フローラには喋る力さえ―いや、生きるための魂の寿命すら残ってはいない。
自身の業のために、二千年もの時間を費やした代償なのだ。 クリードは顔をしかめた。 もし、これに拘ることがなかったら、もっと結末は変わっていたのだろうか。あらぬことを考えても答えが見つかるはずもなく。 フローラを見上げると、また、唇が何か言葉を紡ぐ。声に発せられることのないソレは、今まで自分が求め続けてきたものそのものだった。 クリードは自分の中で何かが変わっていくのを感じた。
「…そうか。こんな…こんな簡単なことで良かったのか…―」
今まで、何を深く考えていたのか。
こんな簡単なことで、それが手に入るともっと早く気付いていたなら、こんなにも苦しい思いを二千年もの間感じることもなかったのに。 そう思うと、無性に愛しさが込み上げ、クリードはゆっくりと手を伸ばした。それに応えるようにフローラがその手に触れる。ひんやりと、生を感じさせぬ肌の感触が伝わってきた。
「フローラ、私は」
君に喜んで欲しかっただけなんだ、と紡いだ言葉はゆっくりと押し寄せる闇に呑み込まれた。
* * *
クリード×フローラです。 切ない、けど愛することを知った彼はようやく手を伸ばすことができたんだと思います。 もっと、早く気づけていたら、どんな未来になっていたのでしょうね…。
89:生まれた意味
90:動き出す時間
91:深淵
92:ひとつ分の日溜り
93:乖離
94:決意
「…うわっ!?」
今日何度目かの失敗に、壁へ派手にぶつかり、その音が盛大に鳴り響く。 ぶつかった衝撃からくる痛みに顔を歪め、それに耐えるように体を丸め、背を押さえた。 何度も打ち付けたため、痣が出来ているがもう気にしてはいなかった。いや、気にしてもいられない、と言ったほうが正しいが。
「…もう少し…もう少しなのに…!」
焦りと、苛立ちを隠しきれず、壁をだんっと力の限り叩く。 というのも、いまの彼には片腕がない。彼の左腕はアクマを葬ることのできる力をもつイノセンス。その左腕は今、彼を守るために霧となっているからだった。 それをもとの左腕であった形に戻すのは容易ではなく、何度やっても気を抜けば霧状に戻ってしまう。 「…っ…」 軋む関節、肌を伝う汗。もう、体が言うことを聞かなくなってきている。 いくら体力が人並み外れているとは言え、ほとんど休む間もなく作業を繰り返していたのではガタつくだろう。 立ち上がろうとしてみたが思うようにいかず、その場に座り込み浅く呼吸を繰り返す。
「…やっているようだな」
不意に声がし、集中しようとしていた意識が引き戻された。 声のした方へ視線を向けると、そこには人の影が見えた。霧に包まれているせいで顔を見ることは出来ないが、その人がゆっくり部屋に入ってくる気配。そして、少しして互いに姿を目視できる距離までやってくる。 「…バクさん…」 バク、と呼んだその人はここ、『黒の教団』中国支部の部長―バク・チャン。自身が生きているのも、彼やこの支部で働く人達のおかげだ。 その彼が何をしにきたのだろう。とバクの動きを見つめたまま、その場にしばしの沈黙。 「…ずいぶん熱心なことだな」 そして、彼が霧を見回すように視線を左右に動かし、呟いた。
「…早く、皆の所に帰らないとなりませんから。多分、死んでしまったと思ってるだろうし…」
バクの言葉に返事をしながら立ち上がって、服の埃を軽く払う。その仕草をバクの目が追っていた。 「…数日過ごしただけの教団へか?」 ポツリ、とバクは呟いた。 一瞬、どう返せばいいものかと迷う。
「…あそこが、ボクにとっての家だから、です」
短く、けれど分かりやすい言葉を並べた。 確かに数日、過ごしただけかもしれない。しかし、自分にとってはもう『ホーム』であることにはかわりない。
「…ボクは、ここで立ち止まっている訳にはいかないんです」
待ってくれているだろう、仲間のもとへ早く帰りたい。涙を流しているかも知れない仲間に、早く自分の無事を伝えたい。 そんな逸る気持ちが、抑えられなかった。 「…だから」 言葉を区切って、顔をあげる。 バクを見、次に自分の腕を見て、
「…腕を、治さなきゃならないんです」
決意堅く、言ってのける。その意思は、既に固まっていた。 自分のために流される涙も、血もいらない。 ――…ただ、前を見据えていくだけだ。
「…後戻りはできなくなると知っていても、か?」
少しばかり、バクの表情が曇ったように見えたのは気のせいだろうか。どちらにせよ、この霧のせいであまりわからないのだが。 バクの言葉に苦笑するしかなかった。
「…僕がこの腕を持って生まれた時から、既に後戻りはできなかったんですよ。だったら、進むだけです」
少しでも、涙を流す人が減るように。
* * *
腕を再生するためにアジア支部で奮闘するアレン心情を自分なりに補完してみた。 運命を背負っていると知ってから、どんどん闇のほうへと行ってしまっているけど、ちゃんと戻ってこれるよね?
みんなのところに帰ってくる日を願って・・・―
95:闇夜に浮かぶ月
96:明日
97:空を見上げる君がいるから
この広い宇宙には、何千、何億という星がある それは私達の知らぬ内に生まれ、そして、消える
「星は綺麗なものだな…」
ラクウェルがポツリとそう言った。吸い込まれそうなくらいの広い空を見上げながら。 闇に染まった空の中には自らの存在を知らしめるかのように星が瞬く。 「どうしたんだ? 急にそんな事言い出して」 ラクウェルの言葉に、アルノーが返した。 ラクウェルはいったん上げていた視線を下ろし、自身を見、次にアルノーを見る。 「…ただ…思ったんだ。普段気付かずに過ごすが、一度見上げれば星はこんなに美しいのだからな」 当たり前だが、その通りだと思う。 「一つ一つの星に名前はないがら星同士を繋げれば美しい星座にもなる。まるで…一人では生きられない人間と同じだな」 苦笑混じりに言った後、うつ向いた。 自分の傷の事を言っているのだろう。しばらく、沈黙がその場を包んでしまった。
「…ラクウェル、俺は…一人で生きられなくてもいいと思う」
先に沈黙を破ったのはアルノーだった。 ラクウェルは何を言い出したのか、とアルノーを見る。
「人が一人で生きられないからこそ、ラクウェルは俺を頼ってくれるだろ?」
言ったと同時に、ラクウェルは意味を理解し、真っ赤になった。 けれど、あながち間違っていないのが少し悔しいものだ、と思った。
* * *
人に弱さを見せる強さを知った少女と、愛する人を守る強さを知った青年。 悲嘆することもあれど、それをいつか笑顔に変えていけると信じてやまない。 二人で生き抜くために、寄り添うのだと思います。
98:もう一つの物語
99:僕らの進む道
100:そして―未来へ
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