21:儚き過去
22:優しいキス
23:視界に映るモノ
24:戸惑い
25:花束
26:片翼の天使
27:運命
「…終焉は近いのですね…」
ティアは呟く。 彼女の佇むその場所は、魂が還り、再生を繰り返す『魂の井戸』。そこより溢れ出ずる滅びの風は、禍々しく、息苦しさを覚えずにはいられなかった。 「…もう少し。もう少しの辛抱ですから…」 今もそれに苦しんでいるであろう者を想い、杖を握る手に力を込める。 いったい、どれだけの人が犠牲になったのだろうか。自身が儀式を先延ばしにしてきた分、苦しんできた人々も居たはず。 これ以上苦しみを長引かせないためとはいえ、このアルタゴの大地に生けるモノを滅ぼしてしまうことに少しの躊躇いもなかったわけではない。 ―心残りがないわけでもない。
「…アドルさん…マヤ…」
関係のない彼ら―アドルとドギを巻き込んでしまったこと。 そして、今まで本当の姉妹のように過ごしていた少女―マヤのこと。 それが頭から離れない。 「…せめて、彼には…この地を去ってほしかったですけれど」 先日、アドルと『ティアルナ』として対面したとき、忠告した。このアルタゴの者でない彼らに、出来るならばこの残酷な使命など捨ててこの地を去ってほしい、と。 まだ、本当のことを知らなかったうちに。しかし、
「…結局、それも聞きいれてはくれませんでしたね…」
全てを《月竜》から聞いて知られてしまった上に、それでも彼らは諦めという言葉を知らないかのようにこの『魂の井戸』にさえ足を踏み入れてきたのだ。 「…本当に…」
なんて、お人好しで…― なんて、強い人なのだろう。
そして、恐ろしく優しい人。
「…でも、もう私は…」 迷わないと決めた。 この手で皆の苦しみを取り除かなくてはならない。たとえ、それがどんな結果をもたらすとしても。 「(…けれど、この戦いで結果がどうであれ、私はもう…)」 と、そこまで考えたところでバタバタと複数の足音が響く。それは紛れもなく彼ら―アドル達だった。
「…ティア…!!」
叫ばれた名前は月の民としての彼女へ向けられたものではなかった。それに、ひどく心が揺らぎそうになる。決意したはずの覚悟に、迷いを覚えそうになる。 それをぐっと堪え、 「…あの人は…サイアスさんは逝ってしまったのですね……」 ゆっくりと、言葉を紡ぎ出した。 彼らがここに辿り着いたということは待ち構えていたはずのサイアスと対峙したはずだ。そして、サイアスは負けた。彼らがここに居るのが何よりの証拠であり、それは同時に彼の死を意味していた。
「…本当なら私一人に課せられた使命だったのに…最後まで…巻き込んでしまいました」
自分と関わらなければ、と心が軋む。 しかし、そうも言っていられない。終焉を完成させるには、自分が彼らを倒すしかない。 ティアはゆっくりと振り向く。その顔には、月の民としての証が浮かび上がる。その瞳に光はない。自分を押し殺し、彼らに対峙する。
「ですが、じきに全ては無に還り、再生への道を歩むことになる―…彼の死もまた、無駄とはならないでしょう」
ティアの言葉に、各々表情を歪めた。 「もう…もうやめて…! どうしてそんな…自分を押し殺すような目を…!」 悲痛な表情で、アイシャが言う。それに押し殺した感情が揺れ動く。今にも泣き出してしまいそうな表情が痛く瞼の裏に焼き付いた。 サイアスから真実を、全てを聞いた彼らは必死だった。 儀式を止めても、世界が滅びない方法がきっとあるはず。彼らは、まだ諦めてなどいない、といった面持ちで語りかけてくる。しかし、どこか冷静な自分が身の内に居るのを感じていた。
「私が滅びを止めても意味はない。そして…終焉を先延ばしにし、これ以上苦しみを長引かせるわけにもいかない」
今、この瞬間にも、誰かが苦しんでいるのだ。ならば、一刻も早く、終焉を迎え苦しみを取り除くことが、自分に出来るただひとつのことだった。 その言葉に、今度は皆驚いた顔をした。滅びを、儀式を止めれば何とでもなると思っていたのだろう。しかし、世の中はそんなに甘くはない。それは滅びが早いか遅いか、それだけに過ぎないのだから。 彼らは先程よりも悲痛な表情を浮かべていた。
「―アドル=クリスティン」
誰もが悲痛な表情でティアから顔を背けていく中で、少し表情を歪めたものの、自分から視線を反らさずにいる、赤毛の青年の名を呼ぶ。
「貴方を巻き込んでしまったこと、本当に申しわけなく思っています。貴方は本来関係がないはずの人…できれば出会いたくはなかった。ですが、これも運命。終焉は近い…剣をとりなさない」
その覚悟を促すように、ティアは言った。 当の本人―アドルは真っ直ぐ、曇りのない眼をティアに向けている。少し間を置いた後、ゆっくりと目を閉じ、開いた眼は決意に満ちていた。 そして、
「この戦いに勝って、キミを使命から解放する」
と、剣を構え言った。 その言葉に、今度はティアが驚かされる。剣を手に、自分を討つと言うとばかり思っていたから。 アドルの言葉に、失意しかけていた仲間達の目に光が戻る。 「ふふ、アドルさん。やはり貴方は、今までの竜の騎士とは違うようですね。最後の相手が貴方でよかったのかもしれない…―」 自然と、笑みがこぼれた。 この人ならば、この使命も、世界の運命さえも打ち砕いて、変えてくれそうな気がした。 しかし、所詮は錯覚だと自分に言い聞かせ、アドルと視線を交わらせた。
「貴方が倒れし時、絶望はより大きなものとなるでしょう。その場で終焉は訪れ、苦しみを感じる間もなく終わるはず…」
ゆっくりと、手に持つ杖を彼らに見せつけるように持ち上げた。 「―始めましょう」 その言葉に皆身構えた。 ティアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「終焉を導くイスカの長、ティアルナ=レム=イスカリアが宣言する。絶望を喰らいし理よ。この地に破壊と再生をもたらし給え。そして全ての魂に等しく、しばしの安らぎと、新たなる生を…―!」
それは、この世界の命運をかけた戦いが始まることを告げる合図だった
* * *
Ys7より。 すべての命を背負う少女を勝手に補完。 結末哀しかったけど、好きでした。 輪廻を始めた世界で、彼女が生まれ変わって幸せになる話を誰かください。(←
28:隣り合わせ
29:君の、幸せ
30:愛のカケラ
31:言の葉
32:今を生きるアナタ
33:柵と鎖
34:アナタノトナリ
35:犠牲
36:消えない
兄との対決を終え、あなたを残して帰って来てから、 もう、二年が過ぎた―
タタル渓谷で、私はいつものように謳う。 いつ、あなたが帰ってきたとしても、私の居場所がわかるように。 その歌声は、渓谷を通り抜け、海原へと消えていった。 「…ティア」 「…ナタリア…」 ふと、後ろから声がして、振り返る。 私の視界に映ったのは、蒼いドレスを着た金髪の女性―ナタリア。 彼女は、どことなく不安そうな表情を浮かべている。 「…どうかした? ナタリア」 私は首を傾げながら彼女に尋ねる。
「…あなたは、辛くないのですか? ルークが帰って来ないと言うのに」
私は、一瞬答えに困って、浮かべていた笑みが苦笑に変わる。
「…辛くないと言えば…嘘になるわ。でも、約束したから。必ず、帰ってくるって…」
「…ですが」 ナタリアは何かを言いかけて、口を噤む。 その表情は、何を言えばいいのか迷っているようで。 「……でもね…」 私が口を開くと、ナタリアは私の方を向いて。 「…いっそ忘れてしまったほうが、どれだけ楽になるだろうって考えることがあるんだけど」 言葉を区切るように、私はナタリアを見る。 ナタリアは次の言葉を待っているようで。
「…消えないの。ルークの顔が」
ナタリアを安心させようと笑って見せるけど、果たしてどのくらい笑えていたのかしら。 ナタリアの表情を見る限り、笑えてなんかいなかったのだろうけど。 涙を浮かべるナタリアに、私は何も言えなかった。
* * *
エンディング後、二年経過した頃の話です。 ティアは待ってる間、ルークを忘れることはできなかったんだろうなぁ、と思い考え付きました。 ルークが帰って来るのはこれよりまだ一年も先のことですが、その間もずっとルークを想い、譜歌を歌い続けていくんでしょうね。
37:雪の降る夜
38:雨音
39:掌の温もり
ゆらゆらと、揺らめく真っ白な花畑の真ん中に、佇む。 争いなど、起こっていることなんか忘れ去ってしまえそうな、静けさ。 「…ここにいたんだ」 そんな、静けさの中に響く声。 その声に、花畑の中に佇んでいた少女―リリィナは振り返った。 「うん。ここが、一番落ち着くことができるから。カースは、どうしたの?」 「君を捜しに来たんだよ。急に居なくなったから、みんなが捜して来いってうるさくて。俺はここに居るんだろうって言ったんだけど」 そう、言いながらカースと呼ばれた少年は苦笑する。 リリィナは、つられたように笑う。 「それを言ったのは…メイさんでしょ?」 「うん。よくわかったね」 「私たちを、二人きりにしようとしてくれたんだよ。これから先、こんな風に時間を取ることなんかできないだろうから」 「…そうだね」 どこか哀しみを帯びた笑みを、遠く決戦の場所となる空に浮かぶ要塞に向ける。
40:ソラの色
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